随想
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祈"京大教養部復活"

 私の人生で、一番充実していた時期はいつか?と問われると、まちがいなく、京都大学教養部時代と答えることができます。その当時の京大教養部の教授陣は、旧制高校出身の名物教授が、きら星のごとくおられました。 
今でも、昔の旧制高校はよかった。あの制度は残すべきだったという議論をよく耳にしますが、私も全くその通りだと思っています。

 旧制高校出身の先生方は、人間のスケールが全然違う、というのが私の感想です。授業は脱線ばかりで、本来の学問という話はあまり聞けませんでした(記憶にない)が、人生を生きていく上で有用な話をいつも拝聴できました。
ある教授は、 「ここは教養部でなく休養部だ。受験を乗り切ってきた君たちは、好きなことをしたらいい。運動部に打ち込むのもよい。読書でもよい。放浪の旅でもよい。ボランティアでもよい。何かやりたいことをやりなさい。若いうちに。やりたいことがあったら私の講義にでなくてもよい。 試験をうけなくてよい。一年の終わりに私のところに、こういうことを一年間してたと話に来なさい。単位はあげます。ただ無駄に時間を浪費してはいけません。」と言われました。
実際私も、あまり講義に出てなかった上、病気になり長期入院したので、他の大学なら留年になるはずが、「ままええよ。がんばってな。」と言われたので、次の一年は、よく教養部の図書館で勉強していました。(閉館まで残っていたのは数人でした。いつも満員で、朝から席取りもある法学部の横の本部図書館とえらい違いだ。)

 

 マスコミでも超有名だったM教授は、試験用紙を配り、「一週間後に教授室に持って来い」と帰ってしまわれる。秀才の答案丸写しの全く同じ答案がどさっと運び込まれる。 その中の約1/5を適当に抜き出して×とされていました。皆の答案を作成した秀才君が×となってしまいましたが、彼も「人生そんなもんや。しゅあないわ。」と宣っていました。

 最も印象に残っているのは、F教授です。最初の講義の始めに、「私は男子学生にしか、講義をしないから、女子学生は皆出て行って下さい。」と宣われた。(当時は、総学生数は今と同じ、2500名余りですが、女子学生数が200名を越えたことはありませんでした。センター試験が始まってから女子学生数が急増したようです)実際男子学生のみで講義が展開され、とても、この紙面下では書けない。F教授と皆で旅行に行った時は、大浴場で、「今から全員背泳ぎしろ」と 言われ、皆風呂で背泳ぎしました。

 私の世代の京大卒に変わった奴が多い。企業になじまない奴が多いというのは、こういうすばらしい教授方と、人生で一番多感な時期を過ごしたからと思います。現在、教養部が廃止され、有益な二年間がなくなっているのが、非常に残念でなりません。

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