随想
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屋久島にて

 旅好きの私は、この年末年始は屋久島で過ごしました。(本当は人がいないヒマな時に訪れたいのだが、仕事上、盆、正月となってしまう)

 この前屋久島に行った時は、世界遺産になる前だったので、島一周の西部林道(道幅1台半程しかない)で、春の連休だったのに、対向車と一台も出会わなかった記憶がありますが、今回は対向車と結構遭遇しました。離島としては珍しく、沖縄と同じく人口が増加している島で新しい民宿・ペンション・カフェもちょくちょく見かけました。

 島内をウロウロしていて1番目立った建物は、ホテルのような屋久島徳洲会病院です。 
医学界では立志伝中の人物、徳田虎雄氏が造ったものです。私が学生時代、ちょうど徳州会病院グループができはじめた頃で、本当に医師が足りなかったようです。 
徳田虎雄氏自身がよく医学部構内に現れては、学生数名をつかまえては、夕食に連れて行ってくれていました。父も退職していて、授業料免除で(税金で学ばせて頂いているという想いで講義は皆勤した。仕事のかわりに講義を受けているという意識もあった)学生生活を送っていた私は、時々ただ飯を食べさせて頂いた。身近でおみかけする徳田先生は生まれ故郷徳之島の闘牛のように迫力がありました。上着のポケットにはいつも尖った鉛筆がありました。「先生、尖った鉛筆はどうして持っておられるのですか。」とお聞きすると、「オレは、敵だらけだ。いつ襲われるかもわからん。その時これで相手の目を刺すのだ」と答えられたのにはびっくりした記憶があります。

 徳田氏は、幼い頃、夜中に弟が急病になり父といっしょに徳之島の遠くまでリアカーに乗せて医師宅に連れていったが、見てもらえず亡くなったという出来事があります。それで医者になって24時間誰でも見る病院を作るんだと思われたそうです。このまま徳之島に居ても、とても国立大医学部は行けないと思い大阪に来られ、今宮高校に編入学されましたが、あまりの学力差に驚かれ、1学年下に入られました。
その後眠る以外は、食事中もトイレ中も日夜勉強され、さらに2浪されて大阪大学医学部に行かれています。そして全国に徳洲会病院を展開され、僻地の病院には、都市部の病院から数ヶ月単位で医師が派遣されています。

 徳田氏は現在、筋萎縮性側索硬化症という10万人に5人しか発病しない珍しい病気で病床にあられます。(筋肉が動かなくなっていくというものです。)人工呼吸器で生きながらえておられますが、頭脳は明晰で眼球の動きで意志を伝えられています。

 日本の医療をオレが変えるんだと、各医師会を敵に回しながら、奮闘されていた、理想に燃える、熱く語る、徳田先生に、身近に接したから、私も一時離島で診療にあたったのかも知れません。

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